大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)255号 判決 1964年2月26日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)等に対し、別紙目録(二)記載の建物を収去し、同目録(一)記載の土地を明渡せ。

3  控訴人と参加人との関係において、控訴人が参加人に対し別紙目録(一)記載の土地につき賃借権を有しないことを確認する。

4  訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とし参加に因つて生じた訴訟費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

5  第二項は被控訴人(附帯控訴人)等において共同して金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴(附帯被控訴)代理人は昭和三七年(ネ)第二五五号事件につき「原判決は反訴に関する部分を除きこれを取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、同年(ネ)第一、〇〇二号事件につき附帯控訴棄却の判決を求め、同年一、〇〇三号事件につき参加請求棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)等及び参加人代理人は、昭和三七年(ネ)第二五五号事件につき、控訴棄却の判決を求め、同年(ネ)第一、〇〇二号事件につき「原判決を次のとおり変更する。控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)等に対し別紙目録(二)記載の建物を収去し同目録(一)記載の土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、同年(ネ)第一、〇〇三号事件につき参加人代理人は、主文第三項と同旨及び「訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は、

被控訴人(附帯控訴人)等(以下単に被控訴人等という。)及び参加人代理人において、

一、一審原告(反訴被告)斎藤ツネは昭和三五年二月二五日死亡し、同人の別紙目録(一)記載の土地(以下本件宅地という。)の共有持分三三分の二は同日同人の長男である被控訴人斎藤敞が相続し、その旨登記を経由した。

二、控訴人は被控訴人等に対抗できる権原なく本件宅地を占有し、その地上に別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を所有し、本件宅地に対する被控訴人等の所有権を侵害している。よつて被控訴人等は訴を変更し所有権に基づき控訴人所有の本件建物の収去と本件宅地の明渡しを求めるため、附帯控訴に及んだ。

三、参加人は昭和三七年二月二八日脱退被控訴人久保英、同田中勝美、同浜島静江三名の本件宅地共有持分を売買により譲受けた。しかるに控訴人は本件宅地上に本件建物を所有し、被控訴人等及び参加人に対し本件宅地につき賃借権を有すると主張するので、控訴人主張の賃借権不存在の確認を求めるため、右脱退被控訴人三名の権利承継人として参加請求に及んだ。

四、被控訴人等の附帯控訴は適法である。原告は口頭弁論終結に至るまで請求を変更することができ、控訴審においても同様である。従つて、一審で全部勝訴した原告が被控訴人として、請求を拡張しようとする場合は、やはり、原判決の変更を求める場合の一として附帯控訴をなし得るものである。

五、本件附帯控訴は訴訟を遅滞させるものではない。本訴提起前控訴人は被控訴人等の本件宅地所有権を認め、本件宅地賃借権を主張し、地代の支払を申入れてきた。(甲第一三号証の一、二)控訴人が被控訴人等の本件宅地所有権を否認し始めたのは、控訴人が原審において一度被控訴人等の本件宅地所有権を認めながら、その後に至り右自白を撤回してからである。「仮に被控訴人等が本件宅地所有者であるならば、控訴人は賃借権を有する旨主張して防禦していた。」という控訴人の主張は前後矛盾する主張である。被控訴人等は前後一貫して本件宅地所有権を主張し、控訴人に対する賃貸を拒否しているのであつて、(甲第一二号証の一、二)賃借権不存在確認の請求と建物収去土地明渡の請求はその請求の基礎に毫も変更はない。控訴人こそ自白したり撤回したりしておきながら、訴訟遅滞を主張し、訴の変更について異議を述べることは許されない。控訴人が最初本件建物に居住する斎藤豊多郎外三名に対し家屋明渡訴訟(東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一〇、一七〇号)を提起したのは昭和二九年一〇月二八日のことである(甲第一四号証)

六、控訴人主張の四の事実は認める。

七、(一)仮に本件宅地払下契約における国の意思表示に訴外財団法人満蒙同胞援護会(以下単に援護会という。)を本件建物の所有者と認めた点に錯誤があつたとしてもそれは動機の錯誤に過ぎない。

(二) 右錯誤が要素の錯誤であるとしても国が援護会を本件建物の所有者と認めたのは重大な過失であるから国自ら本件宅地払下契約の無効を主張できない。従つて第三者である控訴人も無効を主張できない。

(三) 仮に本件宅地払下契約が要素の錯誤により無効であるとしても、元来意思表示の錯誤は表意者の保護を目的とする制度であるから表意者自身が無効を主張していないのに第三者が自ら又は表意者に代位すると称して意思表示の錯誤を主張することは許されない。国は本件宅地払下契約後自ら右契約の無効を主張したことがないのであるから、第三者である控訴人が無効を主張することは許されない。

(四) 右(一)ないし(三)の主張が理由がないとしても八において述べるとおり援護会は本件宅地を随意契約により国から払下を受けるのであるから、無効行為の転換により、本件宅地払下契約はその効力を有する。

八、本件宅地払下契約は会計法規違反ではない。予算決算及び会計令臨時特例第五条第四号は引揚者又は引揚救護者には随意契約により国有財産の払下ができることを明定している。引揚者救護団体である援護会が本件宅地を随意契約により払下げを受けたことは適法である。

九、本件宅地払下契約は援護会の目的の範囲内の行為である。援護会は引揚者の援護その他を目的とし(乙第六号証)、国もまたこれを援助すべく引揚援護団体に対する国有財産の払下を認めている。そして国から払下げを受けた本件宅地を援護会が引揚者たる被控訴人等に売渡し、その生業と生活を保護することは正に引揚者援護事業に該当する。

一〇、援護会は本件宅地を訴外小俣新五左衛門又は国より賃借したことはない。援護会は本件宅地を終始無償使用していたものである。従つて、控訴人主張の賃借権の主張はその前提を欠き失当である。

と述べ、

控訴人(附帯被控訴人)(以下単に控訴人という。)代理人において、

一、被控訴人等主張の一の事実は認める。二の事実中控訴人が本件宅地上に本件建物を所有し、本件宅地を占有していることは認める。

二、被控訴人等は附帯控訴をしているが、第一審において全部勝訴した当事者は第一審判決に対して控訴又は附帯控訴をなし得ないものであるから、被控訴人等の本件附帯控訴は利益なきものとして、却下せらるべきものである。又本件附帯控訴は従来の訴訟物たる本件宅地につき控訴人が賃借権を有するか、否かの確認を被控訴人等が控訴人に対し本件宅地明渡請求権を有するか、否かに変更するものであるが、控訴人は従来「被控訴人等は本件宅地所有者でない。仮に所有者であるならば、控訴人は賃借権を有する。」旨主張して防禦していたところ、附帯控訴によつて訴訟物が変更せられると、控訴人は被控訴人等に土地明渡請求権がない旨例えば被控訴人等に本件宅地所有権があるとしても、使用貸借契約があるとか被控訴人等は土地明渡請求を猶予した等の事実を更に主張し、これを立証しなければならなくなり、場合によつてもはや建物買取請求の主張もしなければならないことも考えられる。このことは控訴人の防禦を煩わしいものにし、同時に訴訟手続を著しく遅滞せしめることになる。しかも被控訴人等は訴提起の当初から、建物収去土地明渡の請求ができたのにかかわらず、故意にこれをなさず、「控訴人の家屋明渡請求を防禦するために訴を提起したもので、土地明渡まで求めるものではない。」旨主張し(原告第五回準備書面)、あかたも控訴人が被控訴人等に対して無理な家屋明渡訴訟を提起したので、やむなく受けて立ち、その報復として、本件訴を提起したように主張しているが、被控訴人等が本訴を提起したのは昭和三三年五月一四日であるのに対し、控訴人が被控訴人佐藤寿雄に対し家屋明渡の訴訟を提起したのは昭和三四年二月一九日であつた。被控訴人等が先に本件訴訟を提起したので控訴人はやむなく被控訴人等に対し家屋明渡請求の訴を提起したものである。これらのことから考えると被控訴人等の訴の変更は訴訟物を変更しなければならない新しい事情が発生したため、その新事情に即するように訴を変更するというのではなく、最初は建物収去土地明渡を求めるのではなく、単に土地賃借権不存在確認を求めるものだと控訴人及び裁判所を軽い気持にさせておいて、最後になつて土地明渡を求めるというのであるからかかる訴の変更は公正な方法とはいえない。この意味においても被控訴人等の附帯控訴は許されない。

三、参加人主張の参加人が本件宅地共有持分を譲受けた事実は不知

四、訴外小俣新五左衛門より訴外国が本件宅地所有権を取得した日を昭和二二年八月五日と訂正する。

五、昭和二八年一月二〇日付(登記簿上は同年三月四日売買同年七月二一日登記)の国と援護会との間の本件宅地売買契約(これを本件宅地払下契約と略称する。)は成立しなかつたものである。本件宅地払下契約は本件宅地を金七二、三五五円で買うという援護会の国に対する申込と援護会に右代金で売るという国の援護会に対する承諾によつて成立するものであつて、もし、買受申込が援護会でなくて被控訴人佐々木又信であり、他方国の承諾が援護会に売ることを内容とするものであつたならば、申込と承諾とは一致せず、契約は成立しないことになる。本件宅地払下契約においては、援護会の買受申込の形式になつているが、真実は被控訴人佐々木又信が自己のためにする意思をもつて援護会の名義を借りて申込んだものであり、これに対する国の意思表示は援護会に対して売渡すことを内容としたものであつたから、申込と承諾とは一致していない。形の上では国と援護会との本件宅地払下契約は成立したかのように見えるけれども、実際は申込と承諾の不一致により不成立に終つたものといわなければならない。よつて、援護会は本件宅地の所有権を取得しなかつたものである。

六、仮に本件宅地払下契約が成立した場合の主張として、六ないし一〇の主張を追加する。

(一)  被控訴人主張の七の(二)の抗弁は時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下されるべきものである。被控訴人の右主張は控訴人が要素の錯誤を主張した日(昭和三五年一〇月一〇日)以後口頭弁論終結(昭和三八年六月一九日)に至るまでに主張できたはずなのに、被控訴人が控訴審の口頭弁論終結後判決言渡期日が二度も変更せられた後に至つて突如新たに提出したものであるから明らかに時機に後れたものである。

(二)  右主張が認められないとしても、錯誤について国に重過失があつたことは否認する。国は本件宅地払下申請人が公益法人ということで、安心して、調査を十分にやらなかつたものであるから、国に重過失はない。仮に国に重過失があつたとしても、ここに至らしめたのは援護会の理事及び被控訴人佐々木又信である。相手を重過失に陥らしめて意思表示をさせた契約当事者が「表意者に重大な過失があるから要素の錯誤による無効を主張できない。」と主張することは信義則に反するものといわなければならない。けだし相手を重過失に陥れた者を保護すべき理由がないからである。よつて控訴人の右主張は許されない。

(三)  法律行為の要素の錯誤による無効は何人からも又何人に対しても主張できるものであるが、若しも第三者は法律行為の要素の錯誤を主張できないとすれば、控訴人は国に代位して要素の錯誤による本件宅地払下契約の無効を主張する。すなわち国は錯誤の主張をなす権利があるにかかわらず、この主張をしない。本件宅地払下契約は無効であるから、本件宅地の所有者は国である。控訴人は援護会、次いで訴外株式会社三友社(以下訴外三友社という。)の有していた借地権を譲り受けたものであるから、国に対して借地権を主張し得るし、国が借地権譲受に承諾を与えないならば国に対し本件建物買取請求権を行使できる法律関係にある。よつて控訴人は自己の借地権乃至建物買取請求権保全のため国の有する前記権利を代位行使するものである。

(四)  被控訴人等及び参加人主張の無効行為の転換の主張事実は否認する。引揚者援護団体に対する普通財産の払下が許されるのは

(1)  引揚者が共同して使用する居住施設又は生業のために必要な物件を直接その代表者に売り払うとき

(2)  救護を要する引揚者の収容又は生業を得るための指導施設を営む団体に対して必要な物件を売り払うとき

である。(1)は居住者に対する売り払いであるから、居住者でない援護会に対する売り払いを含まない。(2)は引揚者の収容施設又は引揚者の生業を得るための指導等の救護施設を営む者に対する売り払いに限るのであるが、援護会は収容施設たる本件建物を売却したものであるから、収容施設を営むものに該当しない。また生業を得るための指導等の救護施設を営む者にも該当しない。要するに援護会の買受は予算決算及び会計令臨時特例第五条第四号に該当しないから縁故払下として無効な本件宅地払下契約が同条の行為として有効になるいわれはない。

七、本件宅地払下契約は強行法規である会計法に違反するものであつて無効である。すなわち、国有財産の処分に関する契約は会計法第二九条に基づき政令の定める手続によらなければならないが、普通財産の処分に際しては、国の利益を保持し他面においてこれを取扱う職員や処分により利益を受ける第三者の私曲や不当利得を防止するため種々の制限が設けられている。国有財産法その他特別法に設けられた各種の処分の制限は性質上単に行政機関に対する命令であるに止らず、民法の特別法たる性質を持つており、これに違反した処分は法律上無効であることは学説の認めるところである。(杉村章三郎、法律学全集財政法第二六九頁参照)ところで普通財産の売払については会計法第二九条の適用があるから、契約方式は原則として一般競売入札であり、特に定められた場合のみ例外の方式たる指名競争契約又は随意契約によることが許されるのである。しかして国の契約担当官が随意契約により得る場合として定められているのは、

(一)  一般競争入札を不利と認めたとき(会計法第二九条但書)

(二)  予算決算及び会計令第九六条の列記事項に該当する場合

(三)  競争に付しても入札者がないとき又は再度の入札に付しても落札者がないとき(同令第九七条)

(四)  落札者が契約を結ばないとき、その落札金額の制限内で契約する場合(同令第九八条)

(五)  予算決算及び会計令臨時特例第五条に該当する場合

等特定の場合である、右のように契約担当官が随意契約をなし得るのは、法令により限定せられた場合であり、これに該当しない場合には、随意契約により得ないのであるが、本来随意契約により得ない場合に誤つて随意契約を締結しても強行法規違反により効力を生じないものである。本件宅地払下契約は援護会が本件宅地に特別の縁故があるものとして予算決算及び会計令第九六条第二二号を適用して随意契約によつたものであるが、右法条にいわゆる「特別の縁故がある者」とは、払下申請の時、物納財産売払決議書(乙第一六号証の二)による決議の時及び払下の時において縁故(その意味は大蔵省管財局長昭和二五年九月二九日付財務局長あて通達「予算決算及び会計令第百二条第一項並びに予算決算及び会計令臨時特例第五条第二項の規定による随意契約についての大蔵大臣との包括的協議について。」乙第一四号証のとおり。)を有する者を意味することは規定の趣旨から当然であつて、かつては縁故があつたが払下申請の時、決議の時、及び払下の時のいずれのときにおいても既に縁故のなくなつた者は「特別の縁故がある者」に該当しないことは明らかである。従つて特別の縁故のない援護会に対して普通財産である本件宅地を縁故払下げたことは予算決算及び会計令第九六条第二二号に違反して無効であるといわなければならない。

八、本件宅地売買契約は財団法人たる援護会の目的の範囲外の行為であるから無効である。或行為が財団法人の目的の範囲内の行為か否かは、その行為自体、目的方法手段を考慮して定めるべきであるが、主務官庁の信頼を受ける財団法人が国に対して虚偽申告をして契約担当官を錯誤に陥れて契約するような詐欺的行為及び寄附行為の定める理事会の決議を経ない不動産の買入並びに営利を目的とする不動産の買入は財団法人設立の趣旨に反し、財団法人の目的の範囲を逸脱した行為であるから、理事のそのような行為によつて財団法人には何等の法律効果も生じないものである。(一)詐欺的行為―本件宅地払下申請の時には援護会は既に本件宅地の賃借使用者ではなくなつていたにもかかわらず、「現に宅地として使用中にて払下後も宅地として使用致します……」と虚偽の払下申請理由及び利用計画を国に提出し、国の契約担当官をして錯誤に陥れて売買契約を締結せしめた詐欺的行為は正に反社会的反国家的行為という外なく財団法人制度の目的と矛盾しこのようなことは財団法人の行為と認められる理由がない。(二)理事会の決議を経ていないこと援護会が不動産を買受けることは重要な事項であるから理事会の決議を経なければならないのに、援護会は本件宅地払下契約をなすについて理事会の決議を経ていない。しかも国は援護会が本件宅地払下契約を締結するについては、理事会の決議を必要とすることを知悉していた筈である。よつて、理事会の決議なしに締結せられた本件宅地払下契約は援護会の目的の範囲に属しない行為として効力を生じないものといわなければならない。(三)動機の不純―援護会は昭和二七年六月二六日訴外三友社に本件建物を売渡し、同年七月一四日所有権移転登記を了したので、同日以後援護会は本件宅地に何等の関係もなくなつたものである。従つて、その後である昭和二七年七月二九日国に対して本件宅地の買受を申込み、昭和二八年一月一二日これを買受けた(登記簿上は同年三月四日売買、同年七月二一日登記)ことは、援護会の業務とは全然関係がないのである。少なくとも自己所有の建物の敷地とする目的がなかつたことは明らかである。援護会の本件宅地買受価格は金七二、三五五円で、被控訴人等に対する売渡価格は金三三〇、〇〇〇円であつた。又被控訴人佐々木又信の控訴人に対する本件宅地売渡申込の価格は金六〇〇、〇〇〇円であつた。更に、この売渡代金は援護会の帳簿に記載せられていないから、使途不明である。これらの事情から考えると、最初から本件宅地を安く買つて高く売り、その利益を一部の関係者が分配する目的であつたと考えられる。もし、援護会の本件宅地を買受けた目的が安く買つて高く売ることでなかつたとすれば、その目的は建物の所有者たる訴外三友社又は同人から建物を譲り受けた第三者に対して建物収去土地明渡を請求することであつたと考えるしかない。もしそうであるなら、営利及び権利濫用を目的とするものであつて、いずれにしても財団法人たる援護会の目的の範囲外の行為である。

九、外務大臣の所管に属する公益法人の設立及び監督に関する省令第一〇条第一項によれば、「法人はその基本財産の処分をし、又は収支予算をもつて定めたものを除くほか新たに義務を負担し、又は権利の放棄をしようとするときは外務大臣の承認を受けなければならない。借入金(その年度内の収入をもつて償還する一時の借入金を除く)をしようとするときも、また、同様とする。」とある。本件宅地払下契約は、援護会のその年度の予算で承認せられていない業務負担行為(売買代金支払義務)であるから事前に外務大臣の承認を経なければならない事項に該当する。しかるに援護会はこの手続を経ていない。関東財務局新宿出張所長はこの省令を知悉していたはずであり、本件売買契約締結に際して、援護会が外務大臣の承認を受けたかどうかの証明を徴し得たものである。それは同条第三項第一条第三項によれば外務大臣は右承認に関する申請書副本を提出せしめ、承認の証として一通を申請者に返戻することになつているからである。要するに、本件宅地払下契約は主務官庁の承認を得ていないから無効である。

一〇、本件宅地払下契約締結に際して、援護会を代表した理事平島敏夫は正当な手続を経て選任せられた理事ではなく、援護会を代表する権限がなかつたので、本件宅地払下契約は無効である。援護会の寄附行為第一〇条によれば「会長は理事会之を推選す。理事及び監事は会長之を委嘱す。」とある。一体会長が先に決まるのか理事が先に決るのか不明である。鶏が先か、卵が先かと同様堂々めぐりで理事及び会長を決める方法がないのである。援護会の会長平島敏夫を決定したのは何人であるか。会長が決まる前に理事会が存在したとは思えない。そうすると平島敏夫は寄附行為の定めた方法によらないで就任した理事であつて代表権限がない。従つて同人が援護会を代表してなした本件宅地払下契約は無効である。

一一、仮に本件宅地払下契約が成立し、かつ、有効であるとすれば、原審でなした主張の外、次の主張を追加する。控訴人が本件宅地賃借権を譲受けたことに対して援護会が承諾を与えないことは権利の濫用になり、承諾の効果を生じたものである。援護会は本件宅地賃借権を昭和二七年六月二六日本件建物と共に訴外三友社に譲渡したが、その際援護会は将来本件宅地の所有権を取得した場合には、訴外三友社の本件宅地賃借権を認めるという暗黙の承諾を予め与えていたものであるところで援護会が本件宅地の所有権を取得した昭和二八年三月四日(契約は同年一月二〇日付登記は同年七月二一日)以前の同年二月一四日付をもつて本件建物については訴外三友社によつて訴外東陽商工株式会社のため抵当権設定及び代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記がなされていたものであり、援護会はこのことを知つていたか少なくとも知り得たはずである。このように本件宅地の賃借権が訴外三友社から第三者に移転すべき状勢にあるときに本件宅地の所有者たる国を欺して底地価格で本件宅地所有権を取得した援護会が訴外三友社から本件宅地の賃借権付で本件建物の所有権を取得した控訴人の右賃借権を否認することは所有権の濫用であり、控訴人に対する関係では本件宅地賃借権承認の効果を生ずるものである。特に援護会が公益を目的とする財団法人であること及び被控訴人等主張のように昭和二九年頃本件建物には援護会の援護を必要とする引揚者多数が入居していたので、控訴人の本件宅地賃借権譲受に承諾を与えないことは被控訴人等の住居の不安をもたらし、援護会の目的に反する結果にもなること並に援護会が本件宅地を自ら使用する必要がないのに、その使命を忘れて最初から第三者に高く売る目的で本件宅地の所有権を取得した事情は控訴人の本件宅地賃借権譲受に対する援護会の不承諾が権利濫用となる可能性を更に濃厚にするものである。

と述べた外原判決事実摘示(ただし、原判決五枚目記録三四六丁裏五行目より六行目にかけて「答弁書並びに昭和三三年七月一七日付準備書面に基づき」とあるのを「昭和三三年六月一二日午前一〇時並びに同年七月一七日午前一〇時の各口頭弁論期日において」と、又原判決四枚目(記録三四五丁)裏一一行目及び原判決五枚目(記録三四六丁)裏一一行目に「小俣新五衛門」とあるを「小俣新五左衛門」とそれぞれ訂正する。)のとおりであるから、これを引用する。

(立証省略)

理由

一、被控訴人等は附帯控訴した上、訴を変更したので、先ず附帯控訴の適否及び訴変更の効力について考えるに、一審において、原告が全部勝訴した場合でも、控訴審において請求を拡張したり又は訴を追加的又は交替的に変更するため附帯控訴をなすことができるものと解すべきである。(最高裁昭和三一年(オ)第九一〇号昭和三二年一一月一日第二小法廷判決参照)従つて本件附帯控訴は不適法として却下されるべきである、との控訴人の主張は理由がない。

次に訴の変更の効力について考えるに、被控訴人等の訴の変更は控訴人が本件宅地について賃借権を有しないことの確認請求の訴(以下賃借権不存在確認の訴という。)を取下げるとともに控訴人に対し本件建物を収去し、本件宅地を被控訴人等に明渡すことを請求する訴(以下建物収去土地明渡の訴という。)を新たに提起する所謂訴の交替的変更であることは、その主張によつて明らかであるところ、右訴の変更について控訴人は異議を述べているのであるから、右訴の取下についても同意しなかつたものと解すべきである。従つて、右訴の取下はその効力を生ぜず、賃借権不存在確認の訴もなお当裁判所に係属しているものというべく、被控訴人等の訴の変更は追加的変更としての効力を有するに過ぎないものというべきである。控訴人は右訴の変更は許されない、と主張するので考えるに、賃借権不存在確認の訴において、被控訴人等は本件宅地の所有者であることを主張し、控訴人の主張する本件宅地に対する賃借権の不存在の確認を求めているのに対し、控訴人は被控訴人等の本件宅地所有権を争い、かつ、被控訴人等が本件宅地所有権者であるとしても、本件宅地について被控訴人等に対抗できる賃借権を有することを主張して争つていたことは本件記録上明白であるが建物収去土地明渡の訴においても被控訴人等は本件宅地の所有権を主張し、右所有権に対する妨害排除として、本件建物の収去と本件宅地の明渡しを求めているものであつて、両訴は請求の基礎を同じくしているものというべきである。次に訴の変更が訴訟を著しく遅滞せしめるか、否かについて考えるに賃借権不存在確認の訴の外に建物収去土地明渡請求の訴が追加されるときは控訴人において本件宅地について明渡猶予を得ていたこと、或は、本件建物買取請求権を行使し、それに基づく、同時履行又は留置権の抗弁を主張する可能性のあることは控訴人主張のとおりであるが、訴訟を著しく遅滞せしめる虞れがあるか否かは抽象的に新たな主張の可能性があるか否かによつて判断すべきではなく、当該訴訟の経過に照し具体的に著しく訴訟を遅滞せしめる虞れがあるか否かを判断すべきものであるところ、控訴人は右訴の変更後充分の時間的余裕がありながら本件宅地について明渡しの猶予を得たこと、又は本件建物につき買取請求をしたことを何等主張しないところから考えれば、控訴人にはその主張のような訴の変更によつて、はじめて必要となるべき抗弁を主張する意思がないものと考えられるばかりでなく、控訴人は当審において本件宅地について被控訴人等が所有権を有しないことの新たな主張及び控訴人が本件宅地についての賃借権を被控訴人等に対抗し得る点についての新たな主張として、幾多の主張を追加し、証人及び本人尋問の申出をしたのであるから、その証拠調のためにも或程度の日時を要し被控訴人等が控訴人のいうような新たな抗弁を主張したとしても、その審理は控訴人の申出でた他の証拠調を並行してなすことができ、本件訴訟を特に遅滞せしめるものとは考えられないから、控訴人の異議は理由がなく被控訴人等の訴の追加的変更は許されるべきものである。その外控訴人は訴変更の許されない理由を述べているが、請求の基礎が同一であつて、訴訟を著しく遅滞せしめなければ、訴の変更は許されるのであるから、控訴人主張のような事情の有無について判断するまでもなく、控訴人の右主張は理由がない。

二、被控訴人等及び参加人の賃借権不存在確認の訴と被控訴人等の建物収去土地明渡の訴とは脱退被控訴人等と参加人間の権利承継の点を除きその争点が全く同一であるから、両訴について同時に判断することとする。控訴人は被控訴人等及び参加人が本件宅地の所有権を有することを否認し、賃借権不存在確認の訴については右理由により訴の利益を欠く、と主張するので、この点を検討する。控訴人は原審における昭和三三年六月一二日午前一〇時の第一回口頭弁論期日及び同年七月一七日午前一〇時の第二回口頭弁論期日において援護会が国から本件宅地を昭和二八年三月四日の本件宅地払下契約により買受けたこと及び被控訴人等及び脱退被控訴人等が本件宅地の共有者であることを自白しながら、その後右自白を撤回したが被控訴人等及び参加人は右自白の撤回に異議を述べているので、右自白撤回が有効であるか否かについて考えるに、自白の撤回が真実に反し、錯誤に基づく場合の外許されないのは事実についての自白に関してのみであつて、権利状態に関する自白、いわゆる権利自白については右のごとき制限はないものと解すべきであるところ、控訴人において被控訴人等が本件宅地の所有権者(共有者)であること及び脱退被控訴人等が本件宅地の共有者であつたことを認めながら、後に、これを争うに至つたのは権利自白の撤回に過ぎず、その撤回について事実の自白に関するような制限はないものというべきである。又自白は事実に関してのみ拘束力を有し、その法律効果にまで及ぶものではないから、本件宅地払下契約がなされた事実については自白の拘束力が及ぶが、本件宅地払下契約が有効であるか否か、及び本件宅地払下契約の効力阻却事由の主張を後になすことまで制限されるものではない。控訴人が原審においてなした錯誤その他本件宅地払下契約の効力阻却事由の主張をしたのは自白の撤回に当らなかつたものというべく、唯本件宅地払下契約が申込と承諾の不一致により、成立しなかつた旨の主張(原審における控訴人の主張はこの点において明確を欠くが、本件宅地払下契約が国と援護会との間に成立したことまで否認したものではなく、一応国と援護会の間に成立した本件宅地払下契約の無効事由を主張しているものと解するのが相当であるから、原審においては事実に関する自白の撤回はなかつたものというべきである。)のみが、事実に関する自白の撤回に当り、そのような自白の撤回は当審においてはじめて控訴人がしたものというべきである。しかして右自白の撤回についても被控訴人等及び参加人は異議を述べていることは明らかであるから、右自白の撤回の効力について検討するに、本件宅地払下契約における買受申込は買受人を援護会と表示してなされたのに対し、国が援護会に対し売渡しを承諾したことは控訴人の自認するところであつて、被控訴人佐々木又信が真実の買受人は援護会ではなく、同被控訴人であることを表示して右買受申込をしたことは控訴人も主張しないところであり、かつ、かかる事実を認めるべき証拠は全く存在しないのであるから本件宅地払下契約においてはその契約の相手方に関する限り意思表示自体には何等の不一致も存在しなかつたものであつて右不一致の存在を前提とする右自白の撤回は無効といわなければならない。従つて国と援護会との間に本件宅地払下契約が成立したこと(その契約が錯誤その他の理由により無効であるか、否かは別として)は当事者間に争いがないものというべきである。

三、控訴人は本件宅地払下契約は要素の錯誤により無効であると主張するので、検討するに、成立に争いのない甲第一号証乙第八号証の二乙第一六号証の一乃至四によれば、援護会の本件宅地払下申請(物納財産売払申請)は援護会会長平島敏夫より大蔵大臣あてに関東財務局新宿出張所昭和二七年七月二九日受付をもつて「本件宅地は援護会が物納者小俣新五左衛門より昭和二〇年一〇月から……賃借し、現に宅地として使用中であつて、払下後も宅地として使用する」という理由を付して特別縁故払下を申請したものであつて(ただし、乙第一一号証の二の起案年月日が昭和二七年六月三〇日となつている点から考えると、同日以前に右申請がなされたものと認めるのが相当であるが、何故右受付日と乙第一六号証の二の起案日が食い違つているかは明らかでない。)国は右出張所が調査した結果右理由を真実と認め、予算決算及び会計令第九六条第二二号により特別縁故払下として随意契約により昭和二八年三月四日援護会との間に本件宅地払下契約を締結したこと、しかしながら本件宅地払下契約の契約書である乙第一六号証の一には右のごとき特別縁故払下であることは特に記載されていないことを認めることができ、かつ本件宅地払下契約当時援護会が本件宅地を使用していなかつたことは当事者間に争いがない。従つて本件宅地払下契約そのものからいえば、「援護会が本件宅地を現に使用し、払下後も宅地として使用する」ということは意思表示の動機というべきであろうが、右のような動機が双方から表示されていたことは右認定の事実によつて明らかであるから、国のなした援護会に対する本件宅地売渡しの意思表示の内容には錯誤があつたものというべきである。しかして原審証人古瀬時春の証言によれば、国は右のごとき錯誤がなかつたならば、援護会に対し特別縁故払下を理由として随意契約により援護会に対し本件宅地を売渡さなかつたであろうことが認められるから、前記国の錯誤は要素の錯誤というべきである。(控訴人は本件宅地払下契約は被控訴人佐々木又信が援護会名義で払下申請をしたものであると主張し、この主張は本件宅地払下契約における契約の相手方に関する錯誤を主張するものと、解されるところ、後に認定するように被控訴人佐々木又信が本件宅地の所有者であるように振舞つたことはあるが、その間の事情は後に認定するとおりであり、又、本件宅地払下代金を被控訴人佐々木又信が他から借入れ、援護会に代つて国に支払つたことが認められるが、その間の事情も後に説明するとおりであつていずれも援護会に本件宅地の払下を受ける意思がなく、本件宅地払下契約は被控訴人佐々木又信が自己のためにする意思で援護会名義をもつて、締結したものと認定するには充分ではない。従つて、控訴人のこの点に関する要素の錯護の主張は理由がない。)被控訴人等及び参加人は、右錯誤については国に重大な過失があると主張するのに対し、控訴人は右主張は時機に後れた攻撃防禦方法であつて、却下せらるべきであると主張するので、先ずこの点について検討する。被控訴人等及び参加人の右主張が当審における口頭弁論が一旦終結された(その日は昭和三八年九月九日であつて、控訴人主張のように同年六月一九日でないことは記録上明白である。)後被控訴人等及び参加人訴訟代理人の口頭弁論再開申立により再開された昭和三九年一月二四日午前一〇時の口頭弁論期日においてはじめて主張されたことは記録上明白であるが、被控訴人等は原審において国の錯誤は動機の錯誤に過ぎない、と主張し(この点について原判決には摘示がないが、記録上認められる。)たのに対し、原判決も被控訴人等の主張と同様に国の錯誤を動機の錯誤に過ぎないと判断し控訴人の錯誤の抗弁を排斥し被控訴人等勝訴判決を言渡したため、当審においても、仮定再抗弁として表意者の重過失の主張をしなかつたものと認められるのであつて、右のごとき経過に照せば、被控訴人等及び参加人訴訟代理人が本件口頭弁論が一旦終結されるまで右のごとき主張をしなかつたことは必ずしも、同訴訟代理人の重大な過失ともいえないだけでなく、右主張を追加したために新たな証拠調の必要もなかつたのであるから、訴訟の完結を遅延せしめるものともいえない。よつて控訴人の右申立は相当ではなく、これを却下すべきものである。そこで国に重過失があるか否かについて考えるに、右認定のように本件宅地払下契約は関東財務局新宿出張所が実際の払下事務を担当したものであるが国有財産払下の事務を担当する行政機関は申請者の申出を鵜呑みにするだけでなく、その申出が真実であるか、否かを自己の責任において調査する義務があり、この義務は申請者が公益法人であるからといつて軽減されるものでないことは当然のことであるところ、成立に争いのない甲第二号証と前記乙第一六号証の四と対照すれば、同出張所が援護会の申請を受付けた時既に本件建物は訴外三友社名義に所有権移転登記がなされていたことが認められるのであるから、同出張所が調査しようと思えば、直ちに右申請が真実に合致しないことが判明した筈である。しかもかかる調査をなすことは国有財産払下業務を担当する関東財務局新宿出張所にとつて一挙手一投足の労に過ぎない、というべきであるから国が前認定のような錯誤に陥つたことについては国にも重大な過失があつたものと認めるのが相当である。してみると国は自ら要素の錯誤を理由として本件宅地払下契約の無効を主張し得ないものといわなければならない。控訴人は国の重過失は援護会の理事もしくは被控訴人佐々木又信の詐欺行為によつて起されたものであるから援護会は国の重過失を主張できない、と主張する。その趣旨は表意者の要素の錯誤が相手方の詐欺行為によつて生じたが、表意者にも錯誤に陥るについて重大な過失があつた場合には相手方は錯誤による無効を主張する表意者に対し重過失を主張できない、というにあると解すべきであるが、(この場合錯誤が相手方の詐欺行為によつて生じた、ということは言い得るが重過失が相手方の詐欺行為によつて生じたということはできない。けだし、過失の有無は当時の客観的状況の下において表意者がなすべき注意義務を尽したか否かの価値判断の問題であるから相手方の詐欺行為の有無は当時の客観的状況の一つとして表意者の尽すべき注意義務程度の判断に影響することはあつても、表意者が注意義務を怠つたか、否かは表意者自身に関する価値判断の問題であつて相手方の左右しうべきことではないからである。)かかる場合表意者は自ら要素の錯誤を理由として意思表示の無効を主張できないが、なお詐欺による取消をなす権利を有するものであるから相手方が重過失を主張できると解しても信義誠実の原則に反することはない。従つて控訴人の右主張は理由がなく、控訴人の錯誤による無効の主張はすべて理由がない。

四、次に控訴人は本件宅地払下契約は会許法に違反し無効である、と主張するので考えるに、本件宅地払下契約は予算決算及び会計令第九六条第二二号に該当するものとして随意契約によつてなされたものであるが、客観的には同号に該当しなかつたことは既に三において説明したとおりであるが、かかる場合国が詐欺による意思表示として本件宅地払下契約を取消すことはできるであろう(錯誤による無効を主張し得ないことは既に述べたとおりであり、又右取消権が他の理由で消滅していれば別である。)が、国の認識した事実に基づく限り国の側に何等会計法違反の点のない本件のような場合(国の側に会計法規違反のあつたことの主張立証はない。)にも会計法規違反として絶対的に無効とすることは徒らに取引の安全を害するばかりで、国の利益を保護するためにも必要のないことであるから、採用できないところである。従つて控訴人の右主張も理由がない。

五、次に控訴人は本件宅地払下契約は財団法人たる援護会の目的の範囲外の行為であるから無効である、と主張するので考えるに、本件宅地払下契約に当り、国に錯誤のあつたことは既に説明したとおりであるが、前記乙第一六号証の一ないし四、原審及び当審における被控訴人佐々木又信本人尋問の結果及び当審証人稲垣征夫、同平島敏夫の各証言ならびに既に認定した事実を総合すれば、本件宅地払下契約をなすに至つた事情として、次の事実を認めることができる。すなわち、援護会は昭和二七年から二八年にかけて極度の資金難に陥り、これを切り抜けるため、本件建物を他に売却し、その代金を援護会の目的事業の資金に充てることを考え買主を探した結果、昭和二七年六月二六日訴外三友社が本件建物を買受けることになつた。当時本件宅地については援護会が国から特別縁故者として払下を受けられる見込であつたので、援護会では訴外三友社に対し本件建物を売渡す際、本件宅地を援護会において国より払下を受けたときは、直ちにこれを訴外三友社に譲渡するが、その払下に要する費用は訴外三友社において負担することを約した。援護会は訴外三友社との間に右のごとき契約をするに先立ち、理事会を開きその議決を経たものであつて、右議決に基づいて、訴外三友社に対する義務を果すため、援護会会長平島敏夫名義で昭和二七年六月頃国に対し本件宅地について特別縁故による払下を申請した結果、国は昭和二八年一月一二日付をもつて援護会会長平島敏夫との間に乙第一六号証の一により随意契約による本件宅地払下契約を締結したが、本件宅地の代金を支払うべき時には、既に訴外三友社が破産状態に陥つていたため、援護会としては本件宅地の代金を国に支払うことができなくなつたので、援護会の事務局局員であつた被控訴人佐々木又信が他から金借して援護会に代つて本件宅地代金を国に支払い、その結果登記簿上は昭和三八年三月四日売買を原因として同年七月二一日受付をもつて国から援護会に対し所有権移転登記がなされた。以上の事実を認定でき、他の証拠は右認定を左右するに足りない。右事実によれば、援護会はその目的とする事業資金を獲得するために、その所有である本件建物を他に売却したことに附随する売主としての義務を果すために本件宅地払下契約をしたものであるから、本件宅地払下申請に当り虚偽の事実を国に対し申述したとしても、(そのこと自体は非難さるべきことであり、又国から意思表示の瑕疵を理由として取消されることは別として)、必ずしも財団法人である援護会の目的の範囲外の行為ということはできない。従つて控訴人の右主張も理由がない。

六、次に控訴人は本件宅地払下契約は、「外務大臣の所管に属する公益法人の設立及び監督に関する省令」第一〇条第一項に違反し外務大臣の承認を受けずにしたものであるから無効であると主張するが、同省令は昭和三一年一月一六日外務省令第一号として公布即日施行されたもので、本件宅地払下契約には適用がないから、控訴人の右主張もまた理由がない。

七、次に控訴人は本件宅地払下契約について援護会を代表した理事平島敏夫は正当に選任された理事ではない、と主張するので検討するに、成立に争いのない甲第一八号証、同第一九号証、乙第六号証同第二一号証、当審証人金沢辰夫の証言により成立を認める甲第一七号証、同証言及び当審証人平島敏夫の証言を総合すれば、援護会はもと「満洲国関係帰国者援護会」と称し、昭和二〇年八月三〇日設立されたものであるが、その寄附行為第一八条により、桂定治郎、大月栄一、上田正平の三名が初代理事となり同第一〇条により桂定治郎が互選により理事長となつた(当事会長制はなかつた。)が、昭和二一年三月五日当時の寄附行為第一一条により理事長の委嘱により理事に就任した神吉正一が理事長となり更に昭和二一年三月二九日神吉理事長の委嘱により小日山直登が理事となり、かつ寄附行為を改正して会長を置くこととなり、改正寄附行為第一〇条により理事会の推選により小日山直登が初代会長に就任し、同条により昭和二二年一二月九日小日山会長が平島敏夫を理事に委嘱した結果、同人が援護会の理事となり、理事会の推選により会長に就任したことが認められるのであつて、平島敏夫は正当な手続によつて理事及び会長に就任したものというべく、右認定を左右するに足る証拠は存在しない。従つて控訴人の右主張も理由がない。

八、以上判示したとおり本件宅地払下契約が無効であるという控訴人の主張はいずれも理由がないから、援護会は本件宅地払下契約により国より本件宅地の所有権を取得したものといわなければならない。もつとも成立に争いのない乙第八号証の三、同第一九号証の一、二当審証人平島敏夫の証言により成立を認めうる甲第二〇号証原審における被控訴人佐々木又信本人尋問の結果により、成立を認めうる乙第一三号証、右証言及び本人尋問の結果ならびに当審における被控訴人佐々木又信本人尋問の結果によれば、援護会の帳簿には本件宅地が所有財産として記載されていなかつたこと、援護会が本件宅地を被控訴人らに売渡した際にも、その代金は援護会の収入として、その帳簿に記入されなかつたこと、被控訴人佐々木又信は本件宅地が自己の所有であるかのように振舞つていたことが認められるが、援護会の帳簿に本件宅地について記載のないのは既に認定したように援護会としては本件宅地は払下を受けるとともに直ちに訴外三友社に譲渡するつもりであつたことと、右払下代金が援護会が自ら支出したものではなかつた理由によるものであり、被控訴人佐々木又信が本件宅地を自己の所有であるかのように振舞つたのは、既に認定したように同被控訴人が、本件宅地払下代金に充てる資金を他から借り受けて援護会に代つて支払つたために、同被控訴人は素人考えから右立替金の弁済を援護会から受けるまでは本件宅地について自己の意思で自由に処分しうる権利があるかのように思つていたに過ぎず、援護会が本件宅地の所有権を取得したことの認定を妨げるものではない。成立に争いのない甲第一号証、同第五号証、同第一六号証、原審証人美濃谷善三郎同佐藤慎一郎の各証言、原審における被控訴人佐藤寿雄、同片岡小二郎、同佐々木又信、各本人尋問の結果及び当審における被控訴人佐々木又信本人尋問の結果によれば、被控訴人斎藤敞を除く被控訴人等一一名および脱退被控訴人等三名ならびに被控訴人斎藤敞の被相続人斎藤ツネはその他四名の者と共同して、昭和三〇年九月二三日援護会から本件宅地を代金三六九、〇〇〇円で買受けたこと同日その旨右一九名のため所有権移転登記がなされたこと、参加人が昭和三七年二月二八日脱退被控訴人三名よりその所有する本件宅地共有持分を譲受けその旨所有権移転登記がなされたことが認められる(被控訴人斎藤敞を除く被控訴人等及び斎藤敞の被相続人斎藤ツネのため共有持分権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。)しかして被控訴人斎藤敞は同被控訴人の被承継人斎藤ツネが昭和三五年二月二五日死亡したことにより、その相続人として右斎藤ツネの有していた本件宅地共有持分を取得し、その旨登記を経由したことは当事者間に争いがないから、被控訴人等は本件宅地の共有者となつたものといわなければならない。

九、控訴人は本件宅地について被控訴人等に対抗できる賃借権を有すると主張するので、検討する。本件建物の所有権が昭和二〇年一一月二日訴外窪田光平より訴外大月栄一に、昭和二二年三月一日訴外大月栄一より援護会に、昭和二七年六月二六日援護会より訴外三友社に移転し、更に昭和二九年七月八日控訴人が抵当権実行による競売において競落し、その後競落代金を納付して本件建物の所有権を取得したこと、昭和二二年八月五日訴外小俣新五左衛門より国が財産税物納許可によつて本件宅地の所有権を取得したことは当事者間に争いがなく、原審及び当審における被控訴人佐々木又信本人尋問の結果によれば、乙第二号証は援護会が本件建物を訴外三友社に売渡すに当り援護会より訴外三友社に交付されたもので、それまで援護会に保管されていたものであることが認められ、かつ、援護会が昭和二〇年一〇月一日当時においては財団法人満洲国関係帰国者援護会と称し、理事長は桂定治郎であつたことは既に認定したとおりであるから、これらの事実と乙第二号証を対照すれば乙第二号証が真正に成立したことを推認するに充分であつて他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。右乙第二号証及び前記乙第一六号証の二乃至四、成立に争いのない甲第二号証ならびに前記争いのない事実を総合すれば、援護会は昭和二〇年一〇月一日本件宅地を本件建物の敷地として使用する目的で賃貸借期間を三〇年とし、賃料一ヶ月金六四円二銭(坪二五銭)の約束で、当時の所有者小俣新五左衛門より賃借し、かつ、援護会は国が本件宅地の所有権を取得した当時本件宅地上に登記のある本件建物を所有していた結果、本件宅地の賃借権を国に対抗できたこと、国も援護会が本件宅地について賃借権を有することを承認していたことを認めるに充分であつて、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。被控訴人等及び参加人は「援護会は本件宅地を無償で使用していたもので、賃借していたものではない」と主張し、原審証人佐藤慎一郎、同美濃谷善三郎の各証言及び原審における被控訴人佐藤寿雄同片岡小二郎各本人尋問の結果には右主張にそう部分があるがいずれも信用できない。又前記乙第一六号証の二乃至四によれば、援護会は国が本件宅地の所有権を取得した以後地代を支払わず、本件宅地払下契約締結に当り、昭和二四年七月三〇日以後の本件宅地の統制地代相当額を一括して「使用料」もしくは「弁償金」名義で国に支払つたことが認められるが、援護会が国に対抗できた賃借権が消滅したことについて何等の主張立証のない本件においてはかかる事実だけでは国と援護会との間の本件宅地使用関係が使用貸借であつた、と断ずることはできない。又前記乙第一六号証の二及び四には、援護会が訴外小俣新五左衛門から賃借した際の賃料として「毎月一円」という記載があり、前記認定事実と合致しないが、右記載は、援護会が国に支払う使用料が統制地代額による関係で、適当に記載したものと解せられる。(当審における被控訴人佐々木又信後述によれば、右乙第一六号証の四は、本件宅地払下契約についての手続一切を援護会に代つて行なつた会社が作成し押印だけを援護会がしたものであることが認められるから、かかることは充分考えられる。右記載の地代が年額か月額かさえはつきりしていないことも右認定を裏付けるものである。)のであつて、右記載も前記認定をを左右するに足りない。しかして援護会は訴外三友社に本件建物を譲渡したのであるから、これに伴つて援護会が国に対抗できた本件宅地賃借権も訴外三友社に譲渡されたものというべきであるが、国が援護会と本件宅地払下契約をなす当時本件建物が訴外三友社に譲渡されたことを知らなかつたことは既に認定したとおりであるから、国が訴外三友社に対する本件宅地賃借権譲渡について承諾を与えたことも有り得ないことであつて、訴外三友社は本件宅地の賃借権を国に対して主張し得なかつたものといわなければならない。しかし援護会はその後本件宅地の所有権を取得したのであるから訴外三友社に対し、本件宅地賃借権の譲渡人として、本件宅地賃借権を否定できない立場にあつたものというべく、訴外三友社は援護会に対し本件宅地の賃借権をもつて対抗できたものといわなければならない。そこで訴外三友社から控訴人に対する本件宅地賃借権譲渡について当時の所有者の承諾を得たか否かについて検討するに、控訴人は当時本件宅地の実質上の所有者であつた被控訴人佐々木又信より賃借権譲渡について承諾を得たと主張するが、本件宅地の所有権が援護会より被控訴人佐々木又信に移転したことを認めるに足る証拠はない。(同被控訴人が本件宅地の所有者のように振舞つていたことはあるが、その事情は九において説明したとおりであつて、右主張を裏付けるものではない。)従つて同被控訴人は控訴人の本件宅地賃借権譲受について承諾を与えるべき地位にはなかつたものというべきである。次に控訴人は援護会の代理人としての被控訴人佐々木又信から賃借権譲渡について承諾を得たと主張する。しかし、被控訴人等が本件宅地の所有権を取得する以前に佐々木又信が援護会の代理人として控訴人の賃借権譲受について承諾を与えた事実は認められない。もつとも原審及び当審における被控訴人佐々木又信本人尋問の結果及び同結果により成立を認めうる乙第三号証によれば同被控訴人が昭和三一年一月三〇日控訴人代理人満園勝美より昭和二九年八月から昭和三〇年九月までの本件宅地の「土地代」として金一六、八〇〇円を受領し、同被控訴人作成名義のその旨の領収証(乙第十三号証)を同代理人に交付したことは認められるが、右乙第三号証には同被控訴人が援護会の代理人として右金員を受領した旨の記載はないから、同被控訴人が援護会の代理人として右金員を受領したことを認める証拠とはならないばかりでなく、当時本件宅地の所有権は既に被控訴人等に移転していたのであつて、所有者でもない援護会が控訴人の賃借権譲受について承諾することは有り得ないのであるから、右事実は援護会が控訴人の本件宅地賃借権譲受を承諾した証拠とはなり得ないのである。他に援護会が右賃借権譲渡を承諾したことを認めうる証拠はない。従つて控訴人が賃借権譲受について援護会の承諾を得たことを前提とする控訴人の主張は理由がない。

一〇、次に控訴人は援護会が控訴人の本件宅地賃借権譲受について承諾を与えてないことは権利の濫用であると主張するので考えるに、援護会が訴外三友社に対して本件宅地の賃借権を承認しなければならないことは既に説明したとおりであるが訴外三友社から賃借権を譲受けた控訴人に対してまで賃借権譲受を承諾をなす信義則上の義務があるともいえないし右承諾をしないことが権利濫用となるべき理由もない。もつとも控訴人が本件宅地賃借権を譲受けた当時、本件建物には被控訴人等引揚者が居住していたのである(この点は原審証人佐藤慎一郎の証言及び同証言により成立を認める甲第四号証によつて認められる。)から、控訴人が本件建物の居住者等に対し、本件建物の賃借権を認めることを条件として、援護会に対し本件宅地賃借権譲受について承諾を求めたならば、援護会としても、被控訴人等の居住の安定を図るために右承諾をなすにやぶさかでなかつたであろうが、かかる申出を控訴人が援護会に対してなしたことを認めるに足る証拠はないばかりでなく、前記甲第四号証及び成立に争いのない甲第一四号証によれば、控訴人は本件建物居住者等に対して立退を求め、その一部の者に対しては昭和二九年一〇月二八日東京地方裁判所に対し家屋明渡し訴訟を提起したことが認められるのであるから、本件建物の居住者等に立退を迫りながら、援護会が控訴人に対して本件宅地賃借権譲受について承諾しないことをもつて権利濫用と主張するがごときは許されないものといわなければならない。しかして援護会が国から本件宅地の払下を受けた事情は前記のとおりであつて、これらの事情その他口頭弁論に現われた全証拠によるも援護会が控訴人の本件宅地賃借権譲受を承諾しないことを権利濫用と解すべき事情は認められない。よつて控訴人の右主張も理由がない。

一一、してみると控訴人は本件宅地について被控訴人等及び参加人に対抗できる賃借権その他の権原なく、本件宅地を占有しその地上に本件建物を所有し、被控訴人等及び参加人の所有権を侵害しているのにかかわらず、本件宅地について賃借権を有すると主張しているのであるから、控訴人が本件宅地について被控訴人等及び参加人に対し賃借権を有しないことの確認を求める被控訴人等及び参加人の請求は正当であつて、被控訴人等の請求を認容した原判決はその理由において不当な点もあるが結局正当であるから民事訴訟法第三八四条により控訴人の本件控訴を棄却し、参加人の請求を認容すべく、控訴人に対し本件建物を収去して本件宅地の明渡しを求める被控訴人等の請求は正当であるから、これを認容すべきものである。(従つて建物収去土地明渡の請求を追加するためにした被控訴人等の附帯控訴は理由がある。)よつて訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九四条仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

目録

(一) 東京都杉並区関根町八八番地の三

一、宅地 二五八坪四合一勺

(二) 東京都杉並区関根町八九番地所在

家屋番号同町七九番三

一、木造瓦葺二階建住家 一棟

建坪 八六坪七合五勺

二階 八四坪七合五勺

(附帯控訴状に平家住宅建坪八六坪七合五勺とあるのは上記の誤記と認める。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例